レオナルド・ディカプリオは、イタリア人の父とドイツ人の母の間に生まれ、両親が離婚し、父親と暮らすようになった。
父親の再婚相手の連れ子である義兄がテレビコマーシャルで収入を得ていたことに感化され、俳優の道を志したという。
ここからがスタートだった。
レオの全盛期までのキャリアーとは?
10代前半から子役としてCMを中心に活躍し、
1991年に「クリッター3」(レオ17歳)でスクリーンデビュー。
ロバート・デ・ニーロと共演した「ボーイズ・ライフ」(1993)で注目を集め、同年「ギルバート・グレイプ」で19歳にしてアカデミー助演男優賞にノミネートされる。
特に当時子役だったことを考えると、まさに別格だった。
あれは本当に衝撃的だった。⚡️
”かつて日本車プリウスに乗っていた”、
など。
40歳で初のアカデミー賞主演男優賞に輝いた。
まだまだ続く全盛期の中間ともいえるだろう)
レオが積み上げたキャリアーは?
そのレオとて、
10歳頃からオーディションを受け始めたが幾度と無く不合格となっている。
挙句の果てには、本名の響きはエキゾチックであるとして「レニー・ウィリアムズ」への改名を打診されるなど不遇の時期が続いた。
そんな中で「バスケットボール・ダイアリー」(1995)こそ、
彼のキャリアの中で最も生々しいパフォーマンスと言えるだろう。
彼のキャリアをさかのぼってみれば、
ただのティーンアイドルにして、10代前半の女の子たちに媚びを売るようなくだらない映画に出演させる方が、ずっと簡単で儲かるはずだったのに、ね。
きっと優秀なエージェントがついていたんだと思う。
彼のキャリアを仕切っていた人物は、彼をダニエル・デイ・リュイスやロバート・デ・ニーロのような大スターに育て上げるという壮大な計画を立てていたんだろう。
これが、ライバルひしめく近代の映画界にあってのことなのである。そんな生き馬の眼を抜くような厳しい映画ビジネス界において、
彼とトム・クルーズはキャリア上、素晴らしい映画出演を続けている。
・・・「タイタニック」(1997)での全世界的興行成功後は、
この男は25年間オーディションを受けたことがないのだ。
最高の役がまず最初に彼の目の前に直接舞い込んでくるという。
それが彼のキャリアーのバランスを保つのに役立っているのは間違いないであろう。
クリスチャン・ベールはインタビューで、
自分がこれまで演じてきた良い役はすべて、レオが最初に断ったからこそ得られたものだと語った。
つまり、レオは出演するか否か
”映画を選ぶ最初に権利がある”ということ
だろう。
(もちろん、クリスチャン・ベールも大好きだけど、レオにはその権利が最初にあるのだ)
私が初めて彼の演技を見たのは「ギルバート・グレイプ」だった
レオナルド・ディカプリオは、90年代後半から2000年代初頭にかけてのベビーフェイスのイケメン俳優というイメージがずっと残っていた。
ジョニーデップ共演ということもあって、
私が初めて彼の演技を見たのは「ギルバート・グレイプ」(1993)だった。
「タイタニック」が公開されるまでは、彼は実際に自閉症の俳優だと思っていた。それくらい彼は、とてつもない演技の幅を持っていたのだった。
「ギルバート・グレイプ」で彼を見た時、
私は彼が何か知的障害を持っているのだろうと勘ぐって、どこかにその片鱗が見られるのではないかと演技とリアル・レオとの境を見定めようとした。
しかし、違っていた。
その後も映画「ウルフ・オブ・ウォールストリート」(2013)、そして「レヴェナント/蘇えりし者」(2015)は、それぞれ全く異なるキャラクターだが、彼はそのすべてを見事に演じきっていた。
彼の演技の才能は非常に早くから開花し、その後も数々の功績を残している。
現代でキャリアを積み重ねっていった、まさに史上最高の俳優の一人になったのだ。
ジョニー・デップも同じような道を、たどれたのかもしれないが、
キャプテン・ジャック・スパロウ役以降、道を誤ってしまったように思われる。
それに比べて幸いなことに、レオナルド・ディカプリオは「タイタニック」でティーンアイドルの泥沼に陥ることはなかったのだった。
美化された俳優としての僕を見ている
映画「タイタニック」公開に合わせて2度目の来日が実現した。
この時に、長期に及んだ撮影の裏話や膨れ上がった人気に対するプレッシャー等を語るその姿は初来日の時とは違い、落ち着いた雰囲気と余裕が感じられるほどに初来日から3年間でかなりの成長を見せつけていた。
そんな彼のファッションのモットーは”気安さ重視”なのかも。
髪型は短めで、ラフな感じのオールバックが似合っている。
時に彼の眉毛はボサボサだったりするから整えたほうが・・・と余計なお世話と感じさせるほど。
また、身長183cmにして、
オフではまるで体にフィットしないダボダボのTシャツとか好きみたいなのだ。
・・・まあ、
ブラッドピットのように付き合う女性のセンスにより如何様にも変われるファッションセンスをお持ちと推測されるが(笑)
全盛期「タイタニック」の頃のレオの体重って?
タイタニックのレオの体重は?
私のDiCaprio考察データによれば、
タイタニックの撮影の数ヶ月前の保険の健康診断で、彼は156ポンド(約70.8kg)だった。 それから撮影開始前に148ポンド(約67.1kg)まで体重を減らした。
(2021/05/15の時点での調べより)
レオの大人の俳優になるための脱皮は映画「ギャング・オブ・ニューヨーク」(2002)
「ギャング・オブ・ニューヨーク」(レオ 28歳の時の作品)は堅実な作品ではあるものの、いろんな面で傑作とは言えないのである。
その一つは、
「ギャング・オブ・ニューヨーク」の大きな問題点として、レオがダニエル・デイ=ルイスに完全に影を薄くされてしまったことである。
残念ながら、ダニエル・デイ=ルイスと共演する俳優は皆、喰われてしまって、
そうなってしまうのだが。
「ギャング・オブ・ニューヨーク」でのレオの演技が見過ごされている唯一の理由は、ビリー・ザ・ブッチャー役のデイ=ルイスがとてつもなく素晴らし過ぎるからであろう。
しかし、レオナルド・ディカプリオにとっては転機となった重要な作品だったと私は考えている。
確かに彼は通過儀礼としての「ティーンアイドル」として一時人気を博したが、
ダニエル・デイ=ルイスと共演したことで、スクリーン上でのアイドル像としては完全に影を潜めてしまった。
それが彼を良い方向に変えたのだ。
私はそれを、ビートルズがボブ・ディランと出会い、ボブ・ディランに謙虚にさせられた時のことと似ているようなのだ。
彼は若々しい容姿を生かし、これまでティーンエイジャーの美少年役を多く演じてきた。本作は彼にとって初めての「男らしい」役であり、彼を次のレベルへと押し上げた作品といえよう。
これは、
ライバル、ライアン・ゴズリングのキャリアにとって映画「ドライヴ」がもたらしたような変化と言えるであろう。
映画「きみに読む物語」(2004)のゴズリングというイメージから、「ドライヴ」(2011)出演により
”この俳優は本当に素晴らしい俳優で、型にはめるべきではない”
という認識へと変えたという点では似ている。
しかも、
マーベルシネマ系の興行的な成功を見込めるスーパーヒーロー映画がキャリアーに無いなんて、信じられないことだ。
痛快作「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」(2002)
私のイチオシは、映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン」。
レオナルド・ディカプリオとアカデミー主演男優賞2度受賞のトムハンクスとの共演相性は抜群で、映画のテンポも完璧だった。
レオナルドは珍しく、しかめっ面や額の血管が浮き出るほど無理をしているようにはこの作品では見えなかったのだ。
二人の演技は実に自然で、無理のない感じだった。映画自体もサウンドトラックも、時代を表現していて本当に良くできていたと思う。
これらの映画が時系列順だとすれば、彼は「シャッターアイランド」(2010)あたりから「少年らしさ」が薄れてきたように見える。
一方、
”美少女”の面影を引きずる美人女優が、30代後半からの演技派へシフト移動求められる風潮がある中で、
幸いなことにレオは男性俳優なので、その後もより「個性的な」ルックスで仕事を得ることができたのだった。
重厚な映画「ブラッドダイヤモンド」(2006)と「ディパーテッド」(2006)の2作でそのイメージが完全に覆された。
まだまだ続くよ!

コメント