アル・パチーノは、身長167cmと小柄でありながら、
大作での主役を張れる俳優さんとして御年85歳といえど映画界に君臨している。
冷たく潤んだ目に引き締まった鼻筋、ニヒルな口元、かすれた声・・・。どこか影のある甘いマスクは、さらに色っぽい。
願わくば、そのまま優しく、悲しく、冷たそうな瞳を続けていて欲しかった。
アルパチーノをはじめとする俳優たち、
あの人やこの人、大スクリーン上に映し出される彼らの顔を見ると感嘆する。
人間のパーツそのもの以上に官能的になった眉や鼻、特に私は瞳にグッと感じ入る。
また今日もアルパチーノの瞳に下心を射抜かれてしまった。
強烈な色気のまるで”射るような瞳”のマーロンブランドと、雨に濡れた子犬的な瞳のジェームスディーンを合わせたような男の”カッコ良さ”がアルパチーノにはある。
その彼の身長が醸し出す”稀代の色男”の素顔を探っていこうじゃないか!
対比されるアラン・ドロン
2024年に帰らぬ人となった世紀のフランス人俳優
アラン・ドロンは、公称身長177cmである。
享年88歳だったアランドロンは、現在85歳のアルパチーノとは同じ時代を生きているが、この二人は役柄上、強いて言うならアランドロンはギャング的。
アルパチーノはマフィア的、と近くはあるが棲み分けはされていたのかもしれない。
とアランドロンを三島由紀夫も評した、
あの青い目、黒髪、ちょっぴり片側の唇を歪めた野卑な微笑みなどは、これがナルシズムに徹することを許された男の美しさなのか!?と私はすっかり舞い上がってしまっていた。
吹き替え俳優の野沢那智さんが ”アルパチーノとアランドロン”を語れば
アル・パチーノの場合は、「ゴッドファーザー」のとき、彼の演技と違ってもいいから思い切って演技してやろう、そう思ったけど、アラン・ドロンの場合はそんなこと絶対できません。下手なことすると、彼のイメージを壊してしまいます。だから、とにかく抵抗のないようにやろうとしていました、と。
初めてアルパチーノを見たとき
私が初めてアルパチーノを見たのは、「哀しみの街かど」(1971)だった。
ブロンズの肌に、ちょっぴり垂れた大きな瞳、黒にもグリーンにもグレーにも見える美しい瞳に惹きつけられた。虚さと儚さと哀情を表現していた。
そうした視線で彼の演技を深掘りしてみると面白い。
決して高くない身長が、屈強な男たちに囲まれる映画・・・
”アンビバレンスな(←ある対象に対して相反する感情や態度。例えば、好きだけど嫌い、行きたいけど行きたくないなど、を同時に抱く心理状態)作品だった”と語っている。
「”平凡な”ひとりの男であることであり、瞳を見つめてもますます悲しくなってしまうほどのミステリーそのものなのだ。」
と語る人がいる。
言葉を愛し、シェークスピアを引用するアルパチーノの演劇へのストイックな熱意と彼の素顔ともいうべきキャリアについて語った本👇
ローレンスグローベル著「アル・パチーノ」(松浦伶 訳)
を読んでみたい。
(現在、絶版であるようだが何とか見つけ出して)
そこには、”アルパチーノ”というミステリーが隠されているようだから。

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